私が自分の性癖を自覚したのは、学生の頃にさかのぼる。
その当時、私は思春期を迎えていたが、
ある日クラスの女子のブラ透けを見て勃起してしまった。
それも、みんなが見ている前でだ。
クラスメイトからははやし立てられ、
女子生徒からは非難され、
教師からは指導室に呼び出され、
それまで無害な一生徒として過ごしてきた私は
一夜にして校内屈指の危険人物とみなされた。
似た者同士だった父と娘の、せめてもの性的コミュニケーション
当然私は後悔したし、自分の男としての身体構造をさえ恨んだ。
ただ、それと同時に、私は勃起を見つかったときの、
背筋がぞくぞくするような快感を忘れられなかった。
女子生徒たちが私の下半身の膨らみを
汚いものをみるような目つきでみつめていた、
あの瞬間の快感だ。
そして、できることならズボン越しではなく、
直接自分の汚い股間を見せつけたら
どんなに気持ちいいだろうと想像してしまったのだ。
我に返って自分の妄想が何を意味しているか悟ったときの
絶望感を分かってもらえるだろうか。
私の性癖は、当時校区一帯で警戒されていた、
路上で股間を晒す変質者とさほど変わらない代物だったのだ。
そんな性癖をもっていながら今日までなんとかやってこれたのは、
私に快楽のために人生を放棄するほどの度胸がなかったことが大きい。
あまり人からはそう見られないが、本来は小心者なのだ。
私は仕方なく、いつか自分の嗜好が変わることを祈りながら、
オナニーで性欲を解消することにした。
だが、いつまでたっても性癖は変化する兆しはなかった。
そもそも、オナニーする時の妄想も、
自分が股間を晒して周囲の女子が嫌な顔をしている場面だったりするのだから、
救いようがない。
それは、大学に入っても一向に変わらなかった。
このままでは、一生性癖が満たされないことを前提に生きるしかなくなる。
そこで、私は考え方を変えることにした。
性癖が変えられないのであれば、逆に性癖を晒しても問題のないようにすればいいのではないか。
不特定多数に見せようとするから、社会的に許容されないのだ。
それなら、そうした性癖を許容してくれるパートナーを見つければいい。
問題は、そんな理想のパートナーをどうやってみつけ、
私を見初めさせ、かつ幻滅させないようにするかだった。
そんな可能性のある女性が現れた時、絶対に逃さないためには、
性癖を差っ引いても満足してもらえるほどに自分を高めるしかないのではないか。
凡人中の凡人の私にとっては、壮大な、そして無謀極まりない目標だった。
けれど、私にはそれ以外自分の性を満足させる方法がなかったのも事実だ。
私が自分磨きを思い立ったのは、実をいうとそんな情けない理由がきっかけだったのだ。
ただ、結果から言うと、この計画は当たった。
思い立ってからひたすら努力を重ねた結果、
何とか一流企業と言われる類の会社に入ることもできたし、
条件にあう彼女も見つかった。
もちろん彼女も、勃起した股間を常に晒し、見せつける私に辟易したようだ。
ただ、それでも彼女は私から去って行かなかったし、
私も自分の性癖以外の点では徹底的に妥協した。
それもあって、結局私は、その私にとってはじめての女性を妻にすることになった。
その後、妻は妊娠し、娘と息子を産んだ。
子持ちになってからも、私のスタンスは変わらなかった。
自分の股間を見せつけるという1点以外は、徹底的に理想の父親を演じ切る。
それが出来なくなったとき、私の性は終わるのだ。
会社では積極的に前に出て出世を狙い、
かつ会社に何かあったときのためのスキルアップも怠らない。
家にいられる時には育児に徹底的に時間を割き、
妻との関係も、恋人のときのような、男と女としてのものを保ち、
見た目も若々しく、健康的に。
全てを両立するのは、元来大した才能があるわけでもない私にはおそろしい苦労を要した。
なぜそこまでと思うかもしれないが、
私にとっては、自分の欲求を満たすことは、
それだけの苦労と引き換えにしても余りあるものだったのだ。
その甲斐あって、私は子供ができた後も、
家庭で股間を、たとえ勃起していようが晒して歩き回れる自由を手に入れた。
もちろん、子供ができた以上は四六時中というわけにもいかない。
肉体関係を共にする妻ならまだしも、
子供にそんな性癖を悟られるわけにはいかないのだ。
そこで、不自然にならないよう、風呂上りだけにとどめることにした。
妻自身はもうすっかり私の性癖には慣れていたから、それで妥協してくれた。
慣れていたというよりも、麻痺していたという方が正確かもしれないが、
「あれさえなければいい人なんだけどね」と子供たちに噛んで含めるように言い聞かせていた。
子供たち二人も、「父さん、汚いのブラブラさせててカッコ悪い―」といいながらも、私を遠ざけることもなかった。
私にしても、風呂上りだけとはいえ、自分の肉棒を家庭内にさらし、苦笑いされるだけで十分だった。
ともあれ、こうして私にとって理想の家庭は完成したはずだった。
ただ、想定外だったのは、娘がわたしと違った意味で、特殊な性癖を持っていたことだろう。
娘がかなり大きくなり、身体も成熟した頃のことだ。
学校から連絡があった。
同級生の男子生徒数人に、校舎裏で自分から性器を見せつけていたというのだ。
もちろん、そこまでして何もないわけがない。
実際の肉体関係も混みだった。
私も妻も、動転したのは言うまでもない。
幸いなことに、娘は妊娠はしていなかった。
学校の性教育が功を奏したのだ。
昔の経験もあって、私は学校というものに懐疑的な立場だが、
そうした効能を見る限り一概にバカにしたものじゃない。
けれど、その時を境に娘の行動は、徐々に常軌を逸し始めた。
学校から厳重注意を受けた娘だったが、
今度は校外でも他校の生徒を相手に、同じことを何度も何度も繰り返した。
最初のときと同様、場所もまともな場所ではなく、路地裏だったり公園だったり。
ひどいときは大通りのすぐわきの空き地で行為におよんでいたそうだ。
そこまでしていながら、不良になったわけではなかった。
性格も素直なものだ。
勉強にせよ生活態度にせよ、性に関することを除いては模範的な生徒像そのもので、
学校の指導主任も、
「あれさえなければ、お宅の娘さん、褒める所しかないんですけどね」
と苦笑いしていた。
もうここまで言えばわかるだろう。
娘のあり方は、
自分の性癖を押し通すことだけを考えて四苦八苦してきた私に
生き写しだったのだ。
私と違うところがあるとすれば、その努力をごく自然にこなしていることと、
性癖の方向性が違ったことくらいだろう。
なんにせよ、他の学校から苦情が来るようにまでなってしまうと、
いくら表面的には模範的生徒とはいえ、穏やかな話では済まない。
とうとう娘は、無期限の自宅謹慎を言い渡されてしまった。
この事態に、妻の割り切りは早かった。
妻はもともとどこかドライな性格で、娘に対しても、こうなった以上は仕方がないと思ったようだ。
とにかく、妊娠と性病だけは絶対に避けろとだけ言って、息子の教育に集中し始めた。
一方で、当然だが私は、自宅で全裸になることを固く禁じられた。
言われなくても、さすがに自分の娘に問題が起こった以上、続ける気はなかった。
これまでの努力が無になったわけだが、
ここまで長い間、自分の欲求を満たすことができただけでも恵まれていたのだ。
今は家庭を立て直す方が最優先だし、
性癖についても他の解消手段をみつけるしかない。
けれど、私はいまだ、その最適解をみつけられていない。
娘が自宅謹慎になって、1ヵ月ほどたった頃だったろうか。
その日、妻は息子に付き添って出かけ、家には私と娘の二人きりだった。
私は一人書斎で、想像とは違った形になってしまった自分の家庭のことを思い、
これからどうすべきか頭を悩ませていた。
ふと、ノックの音がした。
返事をするとドアが開き、娘が紅茶を持って立っていた。
紅茶からは温かい湯気が上がっている。
「お仕事?紅茶入れたから、飲んで」
「ああ、ありがとう」
こうした気遣いだけを見ていると、私にはもったいないほどよくできた娘だった。
妻の血を引いただろう上品な顔立ちも、態度も、非の付け所がない。
だからこそ、この子が不特定多数に身体を開いていたということが想像できない。
いれたての紅茶に口をつける。
「おいしい?」
「ああ、うまいな」
穏やかな時間だったが、娘はなにか言いたそうだった。
しばらく不自然な沈黙があった。
やがて、娘は口を開いた。
「ごめんね。わたしのせいで、家がこんなになっちゃって」
「いや、お前だけのせいじゃない」
「わたしのせいよ。お父さんも、おち●こ晒せなくなっちゃったし」
私は、あやうくむせかけた。
なんとかこらえながら、娘を見返す。
「な、何を言ってるんだ、お前」
「見てれば分かるって。お父さん、おち●こ見せるの、大好きなんでしょ?」
「そんなわけないだろう」
「嘘。お父さんが裸のときって、うちの学校の近くにでるおじさんと一緒の目、してるもん」
「おじさん?」
「聞いたことはあるでしょ?保護者会で変質者に注意ってビラ、回ってたじゃない」
「ちょっと待ちなさい、変質者と…」
「そうなんでしょ?わたしも一度出会っちゃったけど、目の血走り方なんてそのままだったよ」
娘の口調には、一切のよどみがなかった。
この子は、私の本性を知っている。
子供たちにはごく自然な習慣に過ぎないと思わせてきたつもりだったが、どうやら意味はなかったらしい。
娘は、淡々と言った。
「苦しいよね。自分がしたいこと、できないっていうのは」
「そうだな」
まるで警察で自白するような気分だった。
多分、私は苦々しい顔を隠せていなかったと思う。
けれど、その後につづいた会話は、苦々しいどころではなかった。
「わたしも、今つらいんだ」
「お前は我慢しなさい。人生、棒に振る気か」
「そうなる気はないよ」
「それならいいんだが」
「だからね。お父さん、おち●こ出してよ」
「…今、なんて言った?」
「父さんの汚ならしいおち●こ、見せてって言ったの。言われたかったんでしょ?」
「お、おい」
「それでね。そのおち●こでわたしの汚いおま●こをズブズブして欲しいの」
「ま、待て!」
「父さん。みんなにみせたり、外でエッチするのが何もかもダメっていうのなら…せめて父さんがわたしの専用おち●こになってよ」
道理を完全に逸脱した会話だった。
一字一句を、私は一生忘れられないだろう。
娘はもう、私の身体に手をかけていた。
「正直になろうよ。わたしたちは、親子揃っておかしいんだから」
厳密に言えば、娘の私の性癖への理解は誤っている。
相手が見せられることを当然だと思っているなら、私の性癖は満足できないのだ。
もちろん、汚い言葉を投げかけられること、それ自体に興奮するわけでもない。
見せられることを想定していない相手に、敢えて必要以上に見せつけて、
本心から呆れられたり、さげすまれたり、奇異な目で見られること。
それが私の快感の源なのだから。
だから、倫理的なものを敢えて無視したとしても、
娘の言葉は、私にとっては魅力に乏しいものだった。
それでも、全ての要素とリスクを考慮に入れて、
なおわたしがうなづかざるを得なかったのは、
娘の言葉に共感を覚えたからに他ならない。
およそ人には認められない性癖を持ち、
にもかかわらず社会生活を捨てることもできず、
性欲ひとつのためにおよそばかばかしい苦労を強いられる。
娘の言う通り、私たちは似た者同士だ。
だから、わたしが娘を抱いたのは、
自身の性癖によるものではない。
敢えて言えば、仲間意識という言葉が一番近いだろう。
娘は私のベッドに腰かけ、脚を開いた。
スカートの中に、陰毛と、淫裂が浮かび上がる。
下着はつけていなかった。
割れ目に指を二本添え、見せつけるように左右に開いた。
「父さん、わたしのおま●こ、汚いでしょう?」
「…ああ」
本音では、汚いなどとは思わなかった。
年齢を考えたら明らかに使い込まれていて、
多少黒ずんでいたが、まだかわいいものだ。
違和感を覚えるとしたら、
粘度の強い体液が粘膜全体を覆うのみならず
肛門の方にまで流れ出ていることくらいだ。
「父さんのおち●こも、やっぱり汚いね」
「そうか」
「大きいけど、皮、ちょっと余ってるし…恥垢、掃除してる?」
「もちろんだ」
「ふうん…そんなおち●こでお母さんといっぱいセックスしてきたんだよね?」
「そうだ。お前たちを産むときも、何度もこれを挿れてきた」
「母さんに中出ししたんでしょ。汚い精子、いっぱいビュービュー出して」
「そうだな。あれは気持ちよかった」
「それでできたのがわたしたちなんだよね。笑えて来ちゃう」
それこそ汚らわしい言葉を連発しながら、
娘は顔を紅潮させていた。
それだけでもまったく似合っていないし、
会話の流れにもいちいち唐突感が否めない。
けれど、思いのほか、そんな娘とのかみ合わない時間は、心地よかった。
不思議な安心感がある。
娘にしても、おそらくわざとだろう。
私の性癖に配慮してくれているのだ。
根本的なところでズレているから会話自体に興奮は感じなかったけれど、
それはもう先にわかっていたことだ。
娘が、私に配慮をしてくれている、そのこと自体が純粋にうれしかった。
「じゃあそろそろ、汚い父さんのおち●こ、もっと汚くしちゃおうか」
「挿れるのか?」
「うん。できれば、あそこで」
娘が指さしたのはベランダだった。
やはり外が好きなのだろう。
一瞬躊躇したが、派手な声さえ出さなければ発覚する心配はないだろうと思い直した。
娘に気を遣わせた以上、わたしが報いないわけには行かない。
「外がダメなら、せめてベランダくらいはいいでしょ」
「ああ。声は立てるなよ」
「わかってる。それやっちゃったらまずいもんね」
娘は顔をほころばせながら言う。
心の底からうれしそうだった。
ベランダへの引き戸を開けると、肌寒い外気がいっきに入ってきた。
「もうそろそろ冬だね」
「冬物も準備しなきゃな」
日常的な会話をかわしながら、娘のスカートを後ろからめくり、
下半身を露出させる。
勃起した汚らしい私の肉を、娘の局部に添えた。
娘もわたしも何も言わなかった。
数瞬ののち、私は腰を前に押し出した。
めりめりと言わんばかりに、娘の小さな肉穴に、
父親の性器がめり込んでいく。
結合部分を確認しながら、ゆっくりと。
娘は、言いつけ通り一言も発しない。
ただ、ピンと沿った背筋全体が、ひくひくと震えていた。
尻がぐっと突き出され、その勢いで私の股間は
全て娘の中に飲みこまれた。
そのまま、わたしたちはしばらくお互いの身体を貪り合った。
言葉はないものの、ベランダのコンクリートに
したたり落ちていく、娘の大量の体液や、
突き上げるたびに黒髪を振り乱す娘の後ろ姿だけで、
いかに高揚しているかを理解するのは容易だった。
それは、つくづくきざな言い方だとは思うが、
何の因果かまともな生き方ができない、
わたしと娘の精一杯のコミュニケーションだった。
娘の尻には汗の粒が浮き出て、
わたしはその尻肉を揉みしだきながら、
肉の塊を何度も娘のよどんだ穴の奥底へ打ち込んだ。
やがて、思考が働かなくなる寸前で、
娘は弓なりに身体をそらせた。
それを確認して私は身体を引き、
限界に達した先端から、赤ん坊の素を
実の娘の下半身にまき散らした。
娘の白い肌に付着した汚らしい汁は、
そのままゆっくりと、娘の肌の上を滑り落ちていく。
ベランダに垂れ流しになった娘の汁の上にも、
ボタボタと余り汁が垂れ、混ざっていった。
自分でも何度嗅いでも嫌な、
生々しい香りが、ベランダに広がっていった。
結局、あれから何一つ事態は改善されていない。
娘の謹慎はとけないままで、課題だけを淡々と提出し続けているだけだ。
形だけをみれば、通信制の学校そのままだ。
学校にしてみれば、無理に謹慎を解いて問題をおこされるよりは、
自宅で勉強させて、卒業までこぎつけさせるつもりなのかもしれない。
もちろん、娘のことだから親として憤りは覚える。
だが、学校の見立ては、この件に限って言えば正しい。
娘は、謹慎が解除されようものなら、まちがいなくまた無秩序な性行為にはまり込んでいくだろう。
若い頃の私が、自分の性癖を変えられなかったように。
妻も、最近ではすっかり息子にご執心になってしまい、
私が思い描いていた家庭像はすっかり崩れ去ってしまった。
色々と対策は考えてみたが、おそらくもうもとに戻ることはないだろう。
しょせん、私の性癖を通すために無理矢理作り上げた仮そめの家庭だ。
最初から砂上の楼閣に過ぎなかったのかもしれない。
ただ、結果として、私は娘という、おかしなパートナーを手に入れた。
性癖の方向性がかみ合わないのは、今でも当然同じで、
かつての家庭で味わっていた興奮には遠く及ばない。
けれど、娘にしてもそれは同じだろう。
似た者同士としての、せめてもの性欲処理とコミュニケーションを重ね、
私たちは今日も一見平穏な日々を生きている。